2012年5月30日水曜日

腰痛による欠勤日数は1億5



職業性腰痛に関する最近の研究で,その法外な経済的代償に関する貴重な情報が得られた。しかしながら,その研究は労働者の腰痛愁訴の原因について非常に疑わしい主張をしている。

その研究では米国内の腰痛による欠勤日数を年間ほぼ1億5,000万日と見積っている。これを1995年の賃金レベルで計算すると,賃金分だけで約140億ドルになった。How-Ran Guo博士ら
は,「腰痛の問題は非常に大規模で,たとえば全体的な有病率(prevalence)のわずか1%の低下でも,このような病的状態はかなり減少し,数十億ドルもの節約になります」と述べている(Guo et al.,1999.を参照)。

物議をかもす主張

物議をかもした論文の中でその研究が主張しているのは,腰痛による欠勤者の多くは業務上の作業によって引き起こされたものだということである。「腰痛で欠勤した1億4,910万日のうち,1億0,180万日(68%)は仕事に関連した腰痛患者の欠勤日数でした」とGuo博士らは述べている。

しかし,この結論の根拠は疑わしい。なぜなら,労働者自身による腰痛の原因の評価を根拠としているからである。「労働者グループに対して,仕事に関連した事柄が腰痛の原因かどうかと尋ね
ることは無視できない先入観を生み出します」と,Canadian Back InstituteのHamilton Hall博士は言う。

この質問は多くの点で,作業が腰痛の主要原因であるという根深い文化的観念を探るものである。同じく質問に回答する労働者には,腰痛と作業を結びつける強力な誘因がある。つまり,そうしなければ彼らは腰痛症状に対する補償を受けられないのである。

科学的根拠の大部分は,職業上の身体的暴露が持続的腰痛を引き起こす主要原因ではないことを示している。スコットランドの研究者Gordon Waddell博士は,「仕事が腰部の健康状態に害を及ぼすという説得力のある根拠はほとんどありません」と,著書『The Back Pain Revolution』の中で述べている(Waddell.,1997.を参照)。


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いくつかの筋の通った研究は,身体的負担が腰痛症状に対して短期的な影響を及ぼし得ることを示している点に,Waddell博士は注目している。「しかしながら,ごくわずかな短期間の影響です。持続的症状および障害が,肉体的緊張または職業上の暴露と関係があるとは考えられません。あらゆる身体的影響は,症状の報告,保険請求,欠勤などへのより強力な心理社会学的影響によってすぐにもみ消されてしまう…,そして慢性疼痛と障害が発生するのです」と,Waddell博士は述べている。

集団べースの研究

Guo博士らは,1988年の健康に関する国の面接調査データを用いて,腰痛による欠勤日数と"仕事に関連する"腰痛の有病率を算出し,ハイリスクの職種を特定した。

彼らは,多様な職業に従事する30,074人の労働者からなる国民の代表的な標本からデータを集めた。"症例"(すなわち,腰痛のある労働者)は,調査を行った年に1週問以上にわたり毎日,非月経性の腰痛があった者と定義された。

「各症例に対し,自身の腰痛が仕事に関連があるもの(作業によって引き起こされたものと定義)かどうかを判断し,もしそうであるならその作業を行った仕事を特定するようにしました」と,筆者は説明している。

その研究における腰痛の全体的な有病率(1週間以上の腰痛)は,その年1年間で17.6%であった。1週間腰痛が続いた労働者の26%は結果として欠勤していた。

合計すると,腰痛による欠勤日数は14,910万日であった。被験者によれば,これらの欠勤日数のうち68%は"仕事に関運した腰痛"のためであった。もう一度言うが,彼らの症状の原因に関して,この数値は全く労働者の主観的な意見に基づいて算定している。

研究方法に欠陥あり?

労働者に自身の腰痛原因について質問すると,腰痛症状の真の原因が明らかにされるよりも,研究者や労働者の観念について明らかになることの方が多い。科学者の世界では,腰痛の原因は複雑かつ不明瞭であるという一般的コンセンサスがある。腰痛障害の発生率に対する身体的作業負荷の影響は,多変量解析を用い,高度に洗練された研究によってかろうじて認識可能である。


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Tapio Videman博士とMichele Battie博士は最近の総説で,「多くの国において,産業労働における腰痛は,通常『損傷』と呼ばれ,それは仕事に関連した原因があることを意味しており,さらに職業上の結果としての腰椎の病理学的異常と分類されます。椎間板に関するほとんどの変性所見および他の変化の病因および病態,さらに疼痛との関連については未だ十分な理解がされておらず,この問題は依然として検討を要する課題です」と述べた(VidemanおよびBattie.,1999.を参照)。

1998年にCanadian Back InstituteのHall氏らによって行われた被験者11,376例の研究により,腰痛患者が自身の腰痛症状の原因を正確に特定する能力には疑問如あることが分かってきた。研究者らは,原因を特定しても二次的利益が生じない患者の2/3以上が,自身の腰痛の理由を特定できなかったことを見出した。対照的に,二次的利益が生じる患者の90%以上では,自身の症状を引き起こした事象を特定することができた。この研究は,様々な混在する要因が労働者自身の腰痛原因についての認識に影響する可能性があることを示唆している(Hall et al.,1998.を参照)。

Hall氏は,医学には腰痛愁訴の具体的な原因を特定しようとする強カな文化的先入観があることに注目している。「医師は,患者がある事象を挙げるまで,腰痛患者に対して質問を続けます。そ
れが,腰椎の『虚偽の抑圧された記憶シンドローム』なのです」。

Guo博士らは,研究データに基づいて仕事に関連した腰痛の発生率の高い業種を特定しようとした。男性の場合,仕事関連の腰痛のリスクが最も高い業種は,以下の5つであった。(1)材木および建築資材小売り業,2)石油およびガス採掘業,(3)製材所および関連産業,(4)食料品店,(5)建設業。

女性の場合,仕事関連の腰痛のリスクが最も高い業種は,以下の5つであった。(1)療養・介護施設,(2)美容院,(3)自動車製造業,(4)ビルおよび住居サービス,(5)ホテルおよびモーテル。

もちろんこれらのデータの正確さは,労働者の腰痛障害の原因についての認識の正確さに完全に依存している。


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この研究は,腰痛がもたらす経済的な影響が非常に大きいことを結論している。Guo博士らは,「我々の分析の結果,腰痛が米国の労働者にとって重要な健康問題であり,経済および健康状態に及ぼす影響は以前に見積もられたものよりも大きいことが裏付けられました」と結論づけている。

Guo博士らは,腰痛が産業に及ぼす影響を,多数の方策によって軽減できると示唆している。すなわち,訓練,作業の再設計,作業環境工学,配置換え,早期治療の開始などである。

これらの対策の大多数は,身体的作業負荷が職場における腰痛の主要原因であるという前提と連動している。しかしながら科学文献が示すように,職業上の身体的因子が腰痛の主要原因で
はないならば,これらの因子と取り組んでも多くの成果は得られそうにないと,Hall氏は述べている。

失敗つづきの50年間?

実際のところ,人間工学的プログラムは,過去50年間,治療効果のない腰痛の有病率に対して好ましい影響を及ぼさなかった。職業上の重度負荷への暴露が大幅に減少した一方で,腰痛の有病率および腰痛による障害は減少していない。

このように過去の実績が芳しくないにもかかわらず,人間工学的プログラムは有望だと主張する研究者がいる。Spine誌の1997年の総説でKim博士は,「結局のところ,生体力学に基づく職場の人間工学的な改善が,初回の腰部損傷を抑える可能性は残されており(今までのところ実現していないが),労働者の快適性を改善することができれば,正当化されるかもしれないという考えを支持する根拠があります」と述べた(Burton,1997.を参照)。しかし,Burton博士は,ほとんどの腰痛は
元来,仕事に関連したものではなく,腰椎への負荷または問題となる作業中の姿勢を減らしても,社会的にはわずかな影響しかないであろうとも述べた。博士は,「労働能力を維持するには,生体力学的手法以外の対策が効果的なようにみえます」とコメントした。


他の研究者らは,失敗した人間工学的プログラムをあきらめ,職場における腰痛に関して新しい考え方へ移行する時期であると主張している。Nortin M.Hadler博士は,最近の著書『Occupational Musculoskeletal Disorders』の中で,"腰部損傷"の予防としてデザインされた人間工学的プログ
ラムがこの問題を解決するであろうという概念を捨てる時である,との意見を述べている。「60年間,我々は"腰部損傷"という概念とともに生きてきました。それはあまりにも欠陥が多く,もはや正当化することはできません。その上,医原性なのです。我々にこれ以上の研究は必要なく,この概念はもはや有用性を失っています」。

Hadler博士は,「労働者が局所的な腰痛を我慢できないと感じる場合はいつでも,その労働者がその問題を解決するために取り得る選択肢がなくなってしまったから,我慢できないのです」とのべ,「我々は,なぜ選択肢がそのように制限されているのかを理解する必要があり,次に局所的な腰痛をより我慢できる状態にするために,環境を変えることを試みる必要があります」と強調している(Hadler,1999年を参照のこと)。Hadler博士は,管理スタイル,雇用確保および集団力学について検討した方が,失敗に終わった伝統的な方法に比べて効果がありそうだと述べている。

参考文献:

Burton K et al., Spine update : Back injury and work loss ; biomechanical and psychosocial influences, Spine, 1997 ; 22 (21) : 2575-80 

Guo HR et al., Back pain prevalence in US industry and estimates of lost workdays, American Journal of Public Health, 1999 ; 89 (7) : 1029-34 

Hadler NM. Occupational Musculoskeletal Disorders, 2 (nd) ed 

Philadelphia, PA : Lippincott Williams& Wilkins ; 1999 : pl4 

Hall H et al., Spontaneous onset of back pain, Clinical Journal ofPain, 1998 ; 14 (2) : 129-33 

Videman T and Battie, M, The influence of occupation on lumbar degeneration, Spine, 1999, 24 (ll) : I164-8 

Waddell G. Back Pain Revolution Edinburgh : Churchill Livingstone ; 1997 : p98 


The BackLetter 1999・14 9 :100 101. 



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